タルランとは?ヴィティ・フォレステリと古代品種から紐解く、グロワー・シャンパーニュの哲学

シャンパーニュは、いま大きな転換点を迎えています。

毎年のように記録を更新する猛暑、春の遅霜、豪雨、そして干ばつ――。 かつて「冷涼な産地」と呼ばれたシャンパーニュでも、気候変動はブドウ栽培のあり方を大きく変えようとしています。 その影響は畑だけでなく、生産量にも表れています。

2026年7月、シャンパーニュ委員会(Comité Champagne)は、2026年ヴィンテージの販売可能収量を1ヘクタール当たり8,800kgに設定しました。販売可能収量とは、 その年の気候条件だけでなく、市場の需要や在庫状況までを総合的に考慮し、 ぶどう栽培家(ヴィニュロン) とメゾンが毎年協議のうえ決定します。

世界のワイン産地を見渡しても、産地全体で品質と需給のバランスを管理するこの制度は極めて珍しく、その根底には「100年先もシャンパーニュという産地の価値を守る」という長期的な思想があります。

しかし、生産者たちが直面している課題は、収量を調整することだけではありません。

気候変動の時代に、生命力あふれる畑をどう未来へ受け継ぐのか。

その問いに真正面から向き合う生産者がいます。それが、1687年から12代に渡り家族経営を貫くグロワー・シャンパーニュのタルラン(Tarlant)です。 現在は、12代目となるブノワ(Benoît)とメラニー(Mélanie)の兄妹が、代々受け継がれてきた畑とワイン造りを担っています。

いま彼らが最も情熱を注いでいるのが、「ヴィティフォレステリ(Vitiforesterie)」という取り組みです。

これは、近年世界的に注目を集めるアグロフォレストリー (Agroforestry /森林農法)の考え方をブドウ畑に応用したものです。 畑に樹木や草花を植え、昆虫や鳥、動物、さらには土壌に生きる無数の微生物までを一つの生態系として捉え、そのつながりを育むことで、 自然が本来持つ力を最大限に引き出そうとする試みです。

有機栽培やビオディナミ農法のさらに先を見据えたこの考え方は、 畑そのものの生命力を高め、生態系を回復・再生していくことを目的としています。つまり、畑の未来を育てる「リジェネラティブ・ヴィティカルチャー(Regenerative Viticulture/ 環境再生型ブドウ栽培)」の実践でもあるのです。

本記事では、現当主の一人、メラニー・タルラン氏が来日時に語った言葉も交えながら、ヴィティ・フォレステリの思想、地下で生命をつなぐミコリーズ(菌根菌)の働き、そして古代品種を守り続ける理由をたどります。

タルランとは 

シャンパーニュ地方には、大きく分けて二つの生産者が存在します。

一つは、モエ・エ・シャンドンやヴーヴ・クリコに代表されるメゾン(NM:ネゴシアン・マニピュラン)です。複数の栽培農家からブドウを購入し、巧みなブレンドによって毎年変わらぬ品質とブランドスタイルを生み出しています。

もう一つが、自ら育てたブドウだけを使い、自ら醸造し、瓶詰めまで一貫して行うグロワー・シャンパーニュ(RM:レコルタン・マニピュラン)です。 タルランは、そのグロワー・シャンパーニュを代表する生産者のひとつです。

その歴史は1687年、ピエール・タルランがエーヌ地方で初めてブドウ畑を耕したことから始まります。その後1780年に、現在の本拠地であるヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区ウイィ村へと拠点を移しました。

1927年にシャンパーニュAOCが制定されると、その翌年には元詰めのキュヴェリリース。タルランは、最も早く自家元詰めを始めたグロワーの一軒として知られています。

330年以上にわたって受け継がれてきたのは、歴史や醸造技術だけではありません。 彼らが何より大切にしてきたのは、

「生命力あふれる畑を育てれば、優れたシャンパーニュは自然と生まれる。」

という揺るぎない考え方です。

彼らは何よりも畑づくりを重視し、 ブドウ本来の個性を最大限に引き出すため、人の手を加えすぎず、その年、その畑が持つ表情をありのままにボトルへ映し出そうとしています。 その象徴となっているのが「ブリュット・ナチュール」というドサージュ(補糖)を一切行わない造り方 です。

一般的なシャンパーニュでは、デゴルジュマン(澱引き)の後にリキュールを加えて糖分を補う「ドサージュ」によって味わいのバランスを整えます。しかしタルランでは自然のままの味わいを表現するため、ノン・ドサージュあるいは 極めて少量のドサージュにとどめたキュヴェが生産量の約80%を占めています。

これは 十分な糖度と緻密な酸を持つ高品質なブドウが育たなければ、実現できません。つまり、タルランのブリュット・ナチュールは、長年積み重ねてきた畑づくりの成果そのものなのです。

ヴィティ・フォレステリとは

タルランが近年、特に力を注いでいる取り組みのひとつが、2019年から本格的に始めたヴィティ・フォレステリ(Vitiforesterie)です。 。ヴィティ・フォレステリとは、森林と農業を組み合わせるアグロフォレストリー(Agroforestry)の考え方をブドウ畑へ応用した栽培手法です。

一般的なブドウ畑では、ブドウの木が整然と並び、畑一面がきれいに管理されている光景をよく目にします。 一方、タルランの畑を歩くと、少し違った風景に出会います。

畑にはカエデやシデなどの在来樹木が植えられ、 地面を覆うように被覆植物が広がっています。低木や草花も季節ごとに表情を変えながら育ち、さらに昆虫や鳥、小動物たちが自由に行き交う。そこには、さまざまな生き物が共に暮らす、豊かな生態系が育まれています。

そんなタルランの畑で、ひときわ目を引く存在が7羽のガチョウです。 畑の中を自由に歩き回りながら草を食べるガチョウは、除草剤に頼らない雑草管理を担う、いわば「天然の草刈り機」。一般的にガチョウは2羽で羊1頭分に相当する量の草を食べるといいます。

さらに、ガチョウの糞は土壌への負担が比較的少なく、良質な有機肥料となります。そのため、土壌中の微生物の活動を支え、健全な土づくりにも役立っています。 ガチョウの糞は他の動物に比べて酸性が弱いので、とてもいい肥料になります。(酸性が強すぎると土壌に好ましくない影響を及ぼします) もちろん、こうした畑では除草剤や殺虫剤は使用していません。

つまり、タルランはブドウだけを育てているのではなく、

畑そのものを、一つの生命体として捉えているのです。

この取り組みの土台となっているのが、アグロフォレストリー(Agroforestry/森林農法)です。

アグロフォレストリーとは、農地に樹木を植え、作物と木々を共に育てることで、自然の力を生かしながら持続可能な農業を目指す手法です。コーヒーやカカオ、オリーブなど、世界各地の農業で広く取り入れられています。

樹木は土壌の流出を防ぎ、水分を保ち、多様な植物や昆虫、微生物が生息できる環境をつくります。その結果、土壌はより健全になり、気候変動にも強い農地へと育っていきます。

こうした考え方は、国連食糧農業機関(FAO)も、生物多様性の保全や土壌保全、気候変動への適応につながる取り組みとして紹介しています。

タルランは、このアグロフォレストリーの考え方をブドウ畑へ応用し、リジェネラティブ・ヴィティカルチャー(Regenerative Viticulture/再生型ブドウ栽培)として実践しています。

土壌や生態系そのものを、より豊かに再生すること。樹木が木陰をつくることで、真夏の極端な高温からブドウ樹を守る。深く根を張る植物が土壌構造を改善し、水分や養分の循環を促す。 また、多様な植生は昆虫や鳥のすみかとなり、生態系のバランスを自然に保つ役割も果たします。

自然をコントロールするのではなく、自然の力を最大限に引き出す。 それこそが、タルランが実践するヴィティ・フォレステリの本質なのです。

地下に広がる「生命のインターネット」 ミコリーズとは

メラニー・タルラン氏が来日した際、数ある栽培技術の中でも最も熱を込めて語っていたのが、「ミコリーズ(Mycorrhiza=菌根菌)」の存在でした。

地中のミコリーズこそが、すべての生命をつなぐ鍵なのです。

ミコリーズ(mycorrhiza/菌根菌)とは、植物の根と共生する菌類の総称です。

植物の根から伸びた菌糸は、まるで脳のニューロンのように土の中を四方八方へ広がり、肉眼では見ることのできない細かなネットワークをつくっています。

植物は光合成によってつくった糖を菌根菌に与え、その代わりに菌根菌は土壌からリンや窒素、微量ミネラル、水分などを集め、植物へ届けます。植物と菌類が、それぞれの力を分け合いながら生きているのです。

タルランのブドウ樹にとっても、この共生関係は大切な役割を果たします。ミコリーズは、 チョーク質(白亜質)土壌の深層まで菌糸を張り巡らせ、土壌から水分やミネラル を効率よく 吸収しブドウ樹へ届けます。そうすることで、 ブドウの過度な糖度上昇を抑えながら、 シャンパーニュに欠かせない高い酸と印象的なサリニティ(塩味)のある味わいを支えているのです。

タルランでは、この目には見えない地下の生命 ネットワークを守るため、大型機械による深い耕起を避け、一部の区画では馬による浅い耕起を採用しています。 土壌を必要以上に乱さないことで、菌糸のネットワークをできるだけ守り、豊かな土壌環境を育てているのです。

こうした健全な土壌は、水分やミネラルの循環を支え、気候変動への適応力を高めるだけでなく、テロワールの個性をより繊細に表現するブドウへとつながっていきます。

つまり、タルランが造っているのはシャンパーニュではなく、「生命が循環する畑」なのです。そして、その生命力こそが、一杯のシャンパーニュの奥深い味わいとして、グラスの中に表現されているのです。

世界的に注目されている古代品種

タルランが守り続けているのは、生態系だけではありません。ブドウ品種の多様性もまた、何世代にもわたり受け継がれてきた大切な財産です。

現在、シャンパーニュではシャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエの3品種が広く知られています。一方で、アルバンヌ(Arbane)、プティ・メリエ(Petit Meslier)、ピノ・ブラン(Pinot Blanc)など、かつて栽培されていた古代品種も存在します。

タルランが古代品種を大切にしてきた背景には、曾祖父の存在があります。まだその価値が見直されるずっと前から古代品種に目を向けていた、いわば先駆者でした。

2000年代、シャンパーニュで認められるブドウ品種をめぐる制度や規定が整備されるなか、タルランは、シャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエの主要3品種だけではなく、 古くからこの土地で栽培されてきた古代品種も守るべきだと考え、その保存と継承に取り組みました。

現在のシャンパーニュでは、主要3品種に加えて、アルバンヌ、プティ・メリエ、ピノ・ブラン、ピノ・グリ、 シャルドネ・ローズ が認められています。さらに2021年には、ハイブリッド品種としてヴォルティス(Voltis)も認められました。ただし、タルランでは、こうした新しい品種を栽培する予定はありません。

古代品種 (アルバンヌ、プティ・メリエ、ピノ・ブラン)は栽培に手間がかかり、収量も少ないことから、現在では大手メゾンよりも、若いヴィニュロンが取り組む傾向があります。また近年では、気候変動への適応という面でも再び注目されています。高い酸を保ちやすい品種もあり、気温が上昇するシャンパーニュにおいて、その価値が改めて見直されているのです。

希少な古代品種もブレンド。 長期熟成が育む、ドザージュ・ゼロとは思えないふくよかな味わい。

グラスの中に宿る土地の生命力

「自然を制御する」のではなく、「自然の仕組みを理解し、その力を最大限に引き出す」。ヴィティ・フォレステリによる豊かな生態系、地下で生命をつなぐミコリーズ、そして何世代にもわたり守り継がれてきた古代品種。そのすべては、この揺るぎない哲学のもとにつながっています。

だからこそタルランのブリュット・ナチュールには、緻密な酸、透明感あふれるミネラル、そしてダシを思わせる奥行きのある旨味が宿ります。

それは醸造技術だけでは生み出せない、畑そのものの生命力が映し出された味わいです。

「生命力あふれる畑を育てれば、優れたワインはその結果として生まれる」

グラスを傾けるたびに感じる一滴の奥には、330年以上にわたり自然と向き合ってきたタルランの哲学があります。

シャンパーニュを味わうことは、その土地の生命力に触れること。ぜひ一杯のグラスから、タルランが育む豊かな世界をご体感ください。

創始者ルイ・タルランの名を冠したトップ・キュヴェ

【参考URL】

Sustainable Japan — リジェネラティブ農業とは・何か

世界で注目されるリジェネラティブ・ヴィティカルチャー(再生型ブドウ栽培)とは何か、ガーギッチ・ヒルズで探索 | WINE REPORT

リジェネラティブ農業とは?有機農業との違い・具体的な実践方法をQ&Aで解説 – 先端農業マガジン

アグロフォレストリー |再生型ブドウ栽培財団

シャンパーニュ委員会(CIVC)

【参考資料】

シャンパーニュ委員会プレスリリース2026年の販売可能収量

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